日本の伝統文様

文様解説


麻の葉(あさのは)

正六角形を中心とした星形の連続文様です。その形が、麻の葉を想像させることから名がつけられました。麻の葉は、丈夫にすくすく育つことから、願いを込めて子供の産着に使う習慣があります。


亀甲(きっこう)

亀甲文様は、六角形で亀の甲羅の形に由来しています。
長寿吉祥の象徴で、鶴と共におめでたい文様とされています。日本では、平安時代に高貴な人の用いる有職文様として定着しました。その後、織部陶器や能装束に使われ、帯締や帯地などでよく目にする文様です。


紗綾形(さやがた)

卍(まんじ)は幸運のシンボルとして古来から世界各地で使われてきました。卍を斜めに崩した連続文様は紗綾形(卍繋ぎ)と呼ばれます。日本では、桃山・江戸時代に明から輸入された織物の地文様に多くみられます。


楓(かえで)

日本では、四季を感じる植物として、春の花見、秋は紅葉と、楓は非常に親しまれてきました。桃山時代以降、一般的な植物文様となりました。秋の風情を表現するために、鹿や流水文との組合せも多く見られます。文様としては、秋だけではなく緑の葉も表現されることがあります。


花菱(はなびし)

菱文様は、池や沼に生える水草の実の形から作られた幾何学文様です。花菱は、菱の葉の弁を4つ並べて花に見立てた文様です。一つで単独でも使われますし、複数並べて地紋として使う場合もあります。


扇(おおぎ)

扇から作られた文様です。末広がりの形から、発展、反映を願う吉祥文様として用いられます。平安時代から使われていました。特に、扇は、源氏車と蔦と並べて文様にされることがあります。源氏車は貴族がのる牛車の車輪を表しています。


松(まつ)

松は、吉祥のシンボルです。松は、四季を通じて緑を保つ常緑樹であり、千年もの長い年月をかけて大木になります。老齢になっても松の幹は太く葉は青々として、寒さや暑さに耐えています。その姿から中国では長寿と節操の象徴として受け入れられました。日本でも、松はおめでたいものの象徴として、平安中期から取り入れられました。最初は、位の高い女性の着物の柄として使われました。以降、松を円形にデザインした唐松文様や、松の特徴的な枝ぶりを生かした、州浜や三階松など様式化された文様が数多く生まれました。現代でも、日本ではお正月に玄関先に松で作られた門松の飾りをします。松の文様の施された着物や陶器などは、祝福したい時などに使われます。


鳳凰(ほうおう)

長い尾をはためかせた優美な姿は、中国では漢代から用いられました。10世紀ころからは、鳳凰は皇帝のシンボルとして用いられました。中国の鳳凰は、フェニックスであるとも言われます。ギリシアの歴史家であるヘロドトスによると、フェニックスは、エチオピアからやってきて、火の中で燃え、その灰から再生しました。それゆえ、キリスト教時代には再生の象徴とされました。古代エジプトでは、太陽のサイクルを表す鳥と考えられました。
この様に、中国の鳳凰やフェニックスは、命の再生、政治に伴う新しい時代の予感を感じさせます。鳳凰の文様が中国から伝わり日本で用いられ始めたのは、奈良・平安時代の寺院の装飾からです。日本では中国とは異なり政治的色合いは取り払われ、純粋な装飾として発展しました。桐や竹のイメージとともに、よく用いられました。
特に江戸時代には、葛飾北斎が88歳で長野県の岩松院本堂の天井画として描いた鳳凰を代表するように、極彩色でグロテスクともいえる鳳凰の姿が描かれました。


七宝繋ぎ(しっぽうつなぎ)

四方に限りなく展開することから、吉祥の文様として用いられます。七宝は、四方の読み(しほう)から名付けられたともいわれます。七宝の円形は円満を表し、吉祥のイメージが定着し、宝尽くしの一つに数えられるようになりました。


龍(りゅう)

架空の動物、龍を文様化したものです。「龍」の手には、宝珠が持たされています。龍は、鳳凰とともに古代中国で作り出された想像上の動物で、水を司る聖獣とされており、日本では万能力を示し、吉祥文とされています。


雲(くも)

中国では古来雲の気配や形、動き方から吉凶を判断しました。仏具の一つである如意の形をした雲は、瑞雲と呼ばれ、これから良いことがおきるといった意味があり喜ばしいものとされました。日本へは飛鳥時代に取り入れられ、室町・桃山時代になると、蒔絵などに多く用いられ、金や銀を薄くのばした箔や、砂状にした砂子などが表面に装飾されるなど、豪華な装飾が雲に施されるようになりました。『源氏物語』には、装飾性の高い雲が描かれることが多く、これは特に源氏雲とも呼ばれています。


松皮菱(まつかわびし)

菱文様は、池や沼に生える水草の実の形から作られた幾何学文様です。松皮菱は、菱文を3つ重ねた形で、松の樹皮をはがした形と似ているところからこう呼ばれています。


檜垣(ひがき)

ひのきの薄皮を互いに編んで作ったものを網代と呼びます。その網代は、垣根や、天井、屋根などに使われました。その中でも、垣根に使用された網代の模様から作られたのが、檜垣の文様です。染物の文様としても、用いられました。


青海波(せいがいは)

同心円を一定部分重ねて、どこまでもつなげる事ができる幾何学文様である。日本の代表的な幾何学文様の一つです。その形は、水や海といったイメージとつながる海賊文様のデザインです。日本では、特に江戸中期に漆工の勘七が青海波を巧みに描き広まっていきました。青海波は雅楽の舞の一つでもあります。『源氏物語』では、光源氏が第七帖「紅葉賀」で、朱雀院の御賀のために青海波を舞ったシーンが描かれています。また、この舞を舞うときに纏う衣装には、青海波が用いられます。


青立涌(たてわく)

立涌は、大気が立ち上ぼる様子を表しています。立涌文様の間には、雲が描かれることが多く、天皇をはじめ高位者が用いました。

PAGE TOP