制作で追い詰められるとブログどころではなくなり、先の見通しが立つまで最低限の家事以外は何も出来なくなってしまう。
鉛筆デッサンからのデジタル処理作品で上昇気流に乗ろうと考えていた。しかし、その途中で新たに始めた油彩による原画作りが、それを無効にした。
後からの方が遙かにモチベーションが上がり、鉛筆デッサンをやる気がなくなった。その制作がコケたりするとショックは計り知れないので(半年のあれこれがゼロになる)、作品が形になるまで気が気でなかった。ここ数日、朝4時起きで家事を前倒しして時間を作り描いている。
でも、どうにか行けそうである。この新たな制作は少なくとも直前に描いた4つの作品をお蔵入りにした。2作同時進行でまだ完成はしていないが、描いているのを止められない経験は何年ぶりだろう。
気がかりがないこともない。この新しい制作には言葉がない。どんなタイトルも自分の気持ちに合わない。「無題」も「作品」も「絵画」と書いても何をもったい付けていると呟く自分がいる。「描きました」「ここに絵があります」としか言いようがない。
実際、私の好きな絵には題名がないものが多く、あっても後世が勝手に付けている。10数年前に万葉集・源氏物語シリーズを始めた頃とは真逆だ。もう、額縁と題名は要らない。ほんとうは作者も要らない。

