自分の描いた作品にあまり満足できない時、鬱と言うほどではないがやはり気持ちは落ちぎみになる。そんな時は、外へ出て気ままに写真を撮って歩くのもひとつ。しかし、身の程知らず、プロでもないくせに撮った写真を見るとまたまた落ち込む。
絵も写真もビジュアルな感性に訴えることでは変わりなく、嫌なものを見れば良い気分はしないわけで、自分の下手な写真を楽しむことはそれなりに難しい。
しかし、明日、仕事でカメラを使う予定があり、昨年末に新調したカメラのカスタマイズ設定が決まっておらず、ベストな諸設定を決めるためにも試し撮りが必要なので、花粉が収まって初の散歩にカメラを携えて出かけた。
とにかく、私のようなロートルには、現代のデジタルカメラは設定が多すぎて自分が最も使いやすい状態にするのが大変。絞りとシャッタースピード、あとはピントリングで距離、三つ以外決めるところがないシンプルさが懐かしい。
光りを読む、ピントを合わせる、ブレないようにカメラを構える、この訓練を積めば技術的には何もなくマニュアル不要だった。今は背面液晶を見ながら煩雑なメニューをさ迷うばかり。
AEで人は光りを読めなくなり、AFでもうピントを合わせがダメ、手ぶれ補正でカメラの保持も身につかない。挙げ句の果て、人が写真を撮っているのか、カメラに撮らされているのかもう分からない。
もっとも、スマホがあるからカメラ自体がもう時代にそぐわないかも。イヤイヤ、AIがあれば、撮影が不要です。


