芸術を辞めた人からの手紙

グランド上の雲

もうテレビを見なくなって30年近くになります。でも、若い頃はテレビが大好きで、大学時代などは明日が試験だと言う時でも午前2時の放送休止まで見ていたものです。

特にテレビドラマが好きで、良く見ていました。ところで昨今は、ネット配信によりテレビを見なくともテレビドラマを見ることができます。それでまたテレビドラマを見る機会が出てきました。

私がテレビドラマを見る時は、ひとつの基準としてかつての山田太一・倉本聰とか向田邦子の脚本を思い浮かべてしまいます。そんな私が最近(と言っても8年前のものです)のドラマで楽しめて心牽かれたものにTBSの「カルテット」があります。

問題を抱えたメンバー揃いの弦楽四重奏団の話です。その最終回で、彼らに一通の手紙が届きます。こんなことが書いてありました。

はじめまして私は去年の春、カルテットドーナツホールの演奏を聴いた者です。率直に申し上げひどいステージだと思いました。

バランスがとれてない。ボウイングが合ってない。選曲に一貫性がない。というよりひと言で言って、皆さんには奏者として才能がないと思いました。

世の中に優れた音楽が生まれる過程でできた余計なもの、皆さんの音楽は煙突から出た煙のようなものです。

価値もない意味もない必要ない記憶にも残らない。私には不思議に思いました。この人達煙のくせに何のためにやってるんだろう。早く辞めてしまえばいいのに。

私は5年前に奏者を辞めました。自分が煙りであることにいち早く気づいたからです。自分のしていることの愚かさに気づきスッパリと辞めました。正しい選択でした。

本日またお店を訪ねたのは皆さんに直接お聞きしたかったからです。どうして辞めないんですか?煙の分際で続けることに一体何の意味があるんだろう。

この疑問はこの一年間ずっと私の頭から離れません。教えてください。価値はあると思いますか?意味はあると思いますか?将来があると思いますか?

なぜ続けるんですか?なぜ辞めないんですか?なぜ?教えてください。お願いします。

この問いかけにメンバーが答えるシーンはありません。それが良かった。大切なことこそ視聴者が各々に考えるべきなのです。脚本家の考えは、このドラマで主人公四人のカウンター的存在のアリスちゃんから想像できそうです。また、第一話で、アリスちゃんが引用するベンジャミンさんの言葉が最終話の伏線になっているのかもしれません。(ドラマの構成としては、第一話のベンジャミンさんと最終話の元奏者が表裏一体ですね。)

私の考えはと言うと、この元奏者は実のところ自分の選択が正しいものだったのか疑問を持っている、いや後悔すらしている気がします。芸術家より芸術、芸術より人、なんでしょう。